


BizDevとしてキャリアを積んでいく中で、その先の選択肢のひとつとなるのが、事業責任者や経営に近いポジションです。
なかでも、社長のすぐそばで事業と組織を動かす「No.2」は、経営者とはまた異なる役割を担います。社長の考えを誰よりも理解しながら、ときには現場を率い、経営と現場の間に立って意思決定を重ねていく。そこでは、特定領域の専門性だけではない力が求められます。
株式会社アイレップで執行役員、株式会社はてなで取締役副社長を務め、両社の上場を経験した毛利 裕二(もうり ゆうじ)さん。これまで20を超える新規事業の立ち上げに携わり、現在は複数企業の社外取締役や経営顧問、起業家メンターとして経営者を支援しています。
複数の成長企業でNo.2を担ってきた毛利さんが考える「優秀な右腕」とは、どのような存在なのでしょうか。
これまでのキャリアを振り返りながら、No.2に求められる資質や役割、経営者視点を身につけるために必要な経験、そして「右腕」という仕事のリアルについて伺いました。

毛利さんのキャリアは、意外にも銀行員から始まりました。
高校・大学時代から学生ベンチャーに関わり、ベンチャーの世界に興味を持っていた毛利さん。VCへの就職も考えましたが、当時は1990年前後。現在ほどベンチャー企業やベンチャーキャピタルが身近な存在ではなく、自身にもまだ明確にやりたいことがあったわけではありませんでした。
そこで、「どうせなら自分から遠い世界に行ってみよう」と選んだのが銀行でした。新卒で北海道拓殖銀行に入行し、新宿支店で外国為替を担当しました。
高校や大学の頃から学生ベンチャーに関わっていたので、ベンチャーには興味がありました。VCに行こうかなとも考えたんですが、当時はまだレイターステージへの投資が中心で、VC自体も今ほどメジャーな存在ではなかったんです。
それなら、いっそ自分から遠いところに行ってみようと思って。母方が北海道だったこともあり、北海道拓殖銀行に入りました。
新宿支店では外国為替を担当していて、貿易決済やL/C(信用状)などを扱っていました。当時は電話も多くて、両手に受話器を持って仕事をするような世界でしたね。
ところが、家庭の事情から1年あまりで銀行を退職。その後2〜3年にわたり、親の在宅介護に専念することになります。
社会人としてのキャリアが始まった直後の離職。介護を終えて再び働き始めたものの、当時は心身ともに疲弊し、自分が何をしたいのかも見えない状態だったと振り返ります。
いくつかの仕事を経験し、転職を繰り返す時期を経て出会ったのが、日本人向けにU.S.CPA(米国公認会計士)の資格取得を支援するスクールを立ち上げたばかりの、現在の株式会社アビタスでした。
求人誌を見て応募したその会社は、登記からわずか3カ月。オフィスには社長と事務スタッフがいるだけで、毛利さんは社員として2人目の入社でした。
本当に何もない会社でした。社長は教材制作や教務を中心にやっていたので、それ以外のことを僕がやるようになったんです。
集客も営業もオペレーションもやる。社会人経験もろくにない状態なのに、いきなりCOOみたいなところからスタートした感じでした(笑)。
そこから約2年半で取締役に就任。事実上のNo.2として、会社の成長を牽引していきます。
当時のU.S.CPA資格スクール市場には、大手資本を持つ競合も相次いで参入し、激しい競争が繰り広げられていました。その中で事業を成長させ、創業から6年ほどで国内トップの規模へ。社員数は約35人、売上も二桁億円となり、上場も視野に入るほどの会社へと成長しました。
毛利さん自身も、在籍中に6〜7の新規事業を経験します。
約9年半にわたって会社の成長に携わった一方で、次第に自身のキャリアについて考えるようになりました。
会社も成長して、新規事業も6〜7個くらいやって、「ここではやり切ったな」という感覚がありました。
このまま同じところで“お山の大将”をやっていても仕方がない。もう一度外に出て、自分を試した方がいいんじゃないかと思ったんです。
この経験は、その後アイレップ、はてなと、成長企業の経営を支え続ける毛利さんのキャリアの原点となりました。

アビタスを離れた毛利さんが次に選んだのは、インターネット広告事業を展開するアイレップでした。
当時のアイレップは社員20名ほど。検索連動型広告やSEOを中心とした検索エンジンマーケティング市場が急拡大する中、若手を中心とした組織で激しい競争の只中にありました。
前職時代から付き合いのあった、アイレップ創業者の高山雅行氏に声をかけられ、毛利さんはマーケティング責任者として入社します。しかし、その役割はすぐに広がっていきました。
最初は広報や広告、販促など、マーケティングの責任者として入りました。でも、翌月には営業も見ることになって。
最終的には執行役員や支社長など、同時に11くらいの役職を兼務していました。社員の3分の2くらいを管掌していた時期もあります。
特定の領域だけを見るのではなく、その時々で会社に必要な役割を引き受けていく。最大時には全社の3分の2にあたる約140名をマネジメントし、急成長するアイレップをNo.2として支えました。
その後、アイレップは大証ヘラクレス市場へ上場。売上は100億円を超え、リスティング広告売上で日本一を達成するまでに成長しました。
その後、毛利さんはアイレップを退任。そして次に参画したのが、はてなでした。
当時のはてなは社員約30名。「人力検索はてな」「はてなダイアリー」「はてなブックマーク」など、ユーザーがコンテンツを生み出すCGM型のサービスを中心に展開していました。
毛利さんは執行役員として入社し、ビジネス部門と管理部門の双方を管掌。入社から約2カ月で取締役、その約2カ月後には取締役副社長に就任します。
はてなも、入ったときは売上が数億円くらいの会社でした。そこから「はてなダイアリー」を「はてなブログ」へ進化させたり、新規事業として受託開発などのBtoB領域に入ったりしていきました。
僕自身もビジネスだけではなく、管理部門の立ち上げや人事評価制度など、会社として必要なことは幅広くやっていました。
2016年、はてなは東証マザーズに上場。毛利さんは2020年まで常勤の取締役を務め、現在も非常勤取締役として同社に関わっています。
アビタス、アイレップ、はてな。業界も事業内容も異なる3社で、毛利さんは一貫して、会社の成長に必要な役割を引き受けてきました。

アビタス、アイレップ、はてなと、複数の企業でNo.2を経験してきた毛利さん。自身の経験に加え、現在は社外取締役や経営顧問として多くの経営者を支援する立場から、「優秀な右腕」に共通するものとして真っ先に挙げるのが、当事者意識です。
一番大事なのは、圧倒的な当事者意識だと思います。なんなら社長にも負けないくらいの意地と自負を持って、「この会社を自分がどうにかする」と思えるかどうか。
そのためには、自分の能力や担当範囲にリミットを設けないことも大事です。「これは自分の専門じゃないから」「やったことがないから」と避けていたら、No.2は務まらないと思います。
こうした経験の積み重ねによって身についたのが、特定領域にとどまらない「スーパージェネラリスト」としての力でした。
サッカーでいえば、守ったことのないポジションでも「必要なら自分がディフェンスする」という気持ちが必要なんですよね。
そうやっていろいろなポジションを経験していくことで、結果的にスーパージェネラリストになっていく。それがNo.2にはすごく大事だと思っています。
社長は、ある領域にものすごく尖っていてもいいと思います。でも、No.2は全体を見なければいけない。そういう意味では、ある意味、社長より難易度が高いポジションかもしれません。
そして、もうひとつ。毛利さんがNo.2に欠かせない力として挙げるのが、社長の思考を誰よりも深く理解することです。
社長の思考を誰よりもハックして、ある意味では「超越」できないといけないと思っています。
社長だったらこの状況でどう考えるのか、何を優先するのか。それを理解したうえで、最大の支援者になる。
だからこそ、「この人を支えたい」と本気で思える社長と働くことも、No.2にとってはすごく大事です。
「社長を理解し、社長を超える」。毛利さんは、No.2に求められる役割をそう表現します。

一方で、No.2が向き合う相手は社長だけではありません。
社長に対しては、徹底的にフォロワーシップを発揮する。でも、メンバーに対しては、場合によっては社長以上のリーダーシップを発揮しないといけない。No.2って、その両方を求められるポジションなんですよね。
そのためには、人にちゃんと向き合えるかどうかもすごく大事です。メンバーとフラットに議論して、納得できるところまで向き合う。正直、面倒なことも多いですし、そこには胆力も必要です。でも、それを放棄してはいけない。
一方で、現場の言うことを全部聞けばいいわけでもありません。経営には経営の都合があるし、現場には現場の都合がある。その両方を斟酌しながら、チューニングしていく必要があります。
社長を支えながら、現場ではリーダーになる。No.2は、経営と現場の間に立つポジションでもあります。

企業のNo.2を目指すうえで、欠かせないのが「経営者視点」です。では、現場で仕事をしてきた人が、経営者と同じ視座で物事を考えられるようになるには、どのような経験が必要なのでしょうか。
毛利さん自身は、創業間もないアビタスに飛び込み、いきなり経営に近い立場を任されたことで、否応なく経営者視点を身につけていったと振り返ります。
僕の場合は、いきなり水に落とされて、もがいていたような感じなので(笑)。最初から経営者視点を身につけようと思ってやっていたわけではありません。
ただ、まずは今の仕事できちんと成果を出して、事業を成長させること。その先で、PLに責任を持つ立場を経験することが大事です。
PLを持つようになると、単に売上をつくればいいわけではなくなります。誰を採用するのか、どこに投資するのか、この事業の成長ドライバーは何なのか。そういうことを一段上の視点から考えて、戦略的に意思決定する必要が出てくる。
まずは小さくてもいいので、そういう意思決定の経験を積んでいく。それが経営者視点を身につけることにつながっていくと思います。
一方で、PL責任を持つだけで、経営に必要なすべての視点が身につくわけではありません。
BSやファイナンスの思考は、また別の種目なんですよね。会社としてどこに投資するのか、資金をどう使うのかといった意思決定は、事業責任者をやっているだけではなかなか経験できない。
そこは経営陣に入って、会社全体の戦略的な意思決定に関わらないと身につかない部分もあると思います。
経営者視点は、知識として学ぶだけでなく、責任を持つ範囲を広げ、意思決定を重ねる中で身についていくものです。

ここまで聞くと、No.2は経営者に近い立場で事業や組織を動かせる、魅力的なポジションにも見えます。では、毛利さん自身はNo.2という仕事のどこに面白さを感じてきたのでしょうか。
どうだろう。9割は苦痛ですからね(笑)。
よく「社長は孤独だ」と言いますけど、No.2にもまた違った独特の孤独があるんです。社長と現場の間に立って、両方を見ながら動かなければいけない。ある意味、「スーパー中間管理職」みたいなものだと思います。
でも、いろいろな課題を解決して、それが業績につながったり、事業がスケールしたりするのは、やっぱりやりがいがあります。
自分が組成した組織や、自分が立ち上げに関わった事業が、自分の手を離れて羽ばたいていく。自分がいなくても回るようになって、自走していく。そこには大きなやりがいを感じますね。
決して簡単なポジションではありません。しかし、事業をつくるだけでなく、その先で組織や会社そのものを動かしていきたい人にとって、「企業のNo.2」はひとつのキャリアの選択肢になるのではないでしょうか。

毛利 裕二 (もうり ゆうじ)
慶應義塾大学法学部法律学科卒。株式会社ユー・エス・エデュケーション・ネットワーク(現アビタス)取締役、株式会社アイレップ執行役員を経て、2011年に株式会社はてな取締役副社長に就任。複数の成長企業で経営者のNo.2として、事業戦略、マネタイズ、セールス、マーケティング、新規事業開発、組織づくりなどを幅広く担い、アイレップ、はてなの2社で上場を経験。2020年より株式会社はてな非常勤取締役。
これまで累計20を超える新規事業の立ち上げに参画。現在は株式会社はてな非常勤取締役のほか、株式会社フューチャーリンクネットワーク、株式会社フォトラクション、株式会社アリススタイルなどで社外取締役を務め、複数のスタートアップ企業の経営顧問・起業家メンターとして、経営戦略、事業戦略、セールス、マーケティング、人事、採用、資金調達などを支援している。
また、スタートアップ経営者との1on1メンタリング会「毛利会」や、上場経験を持つ経営者らによる起業家教育団体「JEEPS(日本起業家教育支援協会)」を主催。エンジェル投資、講演・講師、ピッチコンテストの審査員など、幅広くスタートアップ支援に取り組んでいる。
取材・執筆:武田 直人 / 撮影:山中 基嘉