


新規事業開発(BizDev)の現場では、ロジカルシンキングや過去の成功体験が通用しない局面に度々遭遇します。市場環境の激変や顧客ニーズの多様化など、正解のない課題に対して、組織や事業をどのように適応させていくべきでしょうか。本記事では、ハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ教授が提唱した「アダプティブ・リーダーシップ(適応型リーダーシップ)」を解説します。周囲との摩擦を和らげ、不確実性の高い事業開発を円滑に進めるための実践的なアプローチを深掘りしていきましょう。
事業開発パーソンが直面するトラブルは多岐にわたりますが、それらをすべて同じ方法で解決しようとすると、どこかで無理が生じます。ハイフェッツ教授は、リーダーが向き合うべき課題を「技術的課題(Technical Challenges)」と「適応を要する課題(Adaptive Challenges)」の2つに分類しました。この違いを正しく理解することが、適切なアプローチへの第一歩となります。
問題の定義が明確であり、既存の専門知識や過去の事例、あるいは外部の専門家を起用することで解決できる性質のものです。
新規事業の成否を分ける本質的な問題の多くはこちらに該当します。問題の本質自体が曖昧であり、既存のやり方やマニュアルの延長線上では解決できない課題を指します。
| 課題のタイプ | 問題の定義 | 解決策の性質 | 求められるリーダーシップ | BizDevにおける具体例 |
| 技術的課題 | 明確 | 既存の知識・仕組みで解決可能 | 専門性による適切な指示 | 営業管理ツールの導入、法務チェックの仕組み化 |
| 適応を要する課題 | 曖昧 | 価値観や行動様式の変革が必要 | 対話の創出と成長の支援 | 既存事業側とのリソース調整、顧客ニーズの根本的変化 |
たとえば、本業で安定した収益を上げている部門から見れば、不確実性の高い新規事業に優秀な人材や予算を割くことは、どうしても慎重にならざるを得ない案件です。この状況を単なる「相手の非協力」と捉えるのではなく、組織が新しい挑戦に適応するためのステップであると捉え直す視点が大切になります。
アダプティブ・リーダーシップにおける重要な行動指針のひとつが、「バルコニーに上がる」という概念です。これは、日々の業務に追われる当事者としての視点を持ちつつ、同時に劇場の上階にあるバルコニーから、ステージやフロア全体を静かに見下ろすような、客観的な視点を持つことを意味します。
新規事業の担当者は、日々のタスクやスケジュール、社内調整に追われ、どうしても視野が狭くなりがちです。これを「ダンスフロアに埋没している状態」と呼びます。フロアにいる間は、誰がどのような思いで動いているのか、組織の全体の流れがどちらに向いているのかを冷静に捉えることが難しくなってしまうのです。具体的にバルコニーからの視点を持つためには、以下の3つの問いを日々の振り返りに組み込むことが効果的です。
特に2つ目と3つ目の問いは重要です。周囲が慎重姿勢を示しているとき、それは変化に対する純粋な不安や、これまで積み上げてきた実績を守りたいという責任感の表れでもあります。リーダー自身が「相手は反対している」と思い込んでしまうと、かえって対話の機会を逃しかねません。
週に1回、あるいは重要なステップに進む前には、スケジュールに10分でも「バルコニータイム」を確保してみてください。現場のオペレーションから一歩引き、関係者の心の動きや組織の状況をノートに書き出すことで、次に取るべき穏やかで効果的なアプローチが見えてきます。
組織に新しい試みを導入しようとするとき、多かれ少なかれ周囲には心地悪さや戸惑いが生じます。アダプティブ・リーダーシップでは、この変化に伴う一時的な緊張状態を「ディストレス」と呼び、リーダーはこの緊張の度合いを、組織が受け入れやすい適切なレベルにコントロールしていく役割を担います。
緊張感が低すぎると、組織は変化の必要性を実感できず、現状維持のまま時間が過ぎてしまいます。逆に、緊張感が高すぎると、メンバーは不安やプレッシャーに圧倒され、思考が硬直化してしまうでしょう。リーダーは、組織が安心して挑戦できる「生産的なストレスの範囲(Productive Range of Distress)」を維持することが求められます。
新規事業開発におけるこのバランス調整は、具体的には以下の2つのアプローチで実践します。
事業の進捗が停滞している、あるいは社内の関心が薄れていると感じる場合は、客観的な事実を共有して、次のステップへの意識を促します。
周囲の不安が強まり、プレッシャーが高まりすぎていると感じる場合は、意図的にハードルを下げます。
優れたBizDevは、熱意を持って突き進むだけでなく、周囲の表情や言葉のニュアンスを感じ取りながら、組織の歩調に寄り添うファシリテーター(進行促進者)としての役割を果たしています。
ビジネスの世界では、しばしば「リーダーシップ」と「権威(役職や権限)」が同じものとして扱われます。部長や役員といった権威を持つ人は、組織の秩序を維持し、決まったルールの中で問題を効率的に処理すること(技術的課題の解決)を得意とします。しかし、正解のない「適応を要する課題」に対しては、権限による指示だけでは人の心は動きにくいものです。
新規事業開発において、必ずしも高い役職を持っていなくても、リーダーシップを発揮することは十分に可能です。むしろ、特定の権限に縛られない立場だからこそ、既存の枠組みにとらわれず、本質的な対話をスタートできるという強みがあります。権威に頼らないリーダーシップを機能させるための行動指針は、「本質的な問いを丁寧に共有すること」と「相手の背景にある想いに寄り添うこと」の掛け合わせです。
権威は仕組みを動かせますが、アダプティブ・リーダーシップは「人と人とのつながり」を生み出します。周囲を巻き込み、組織全体が自然と次のステップへ進みたくなるような環境をデザインすることこそが、事業開発パーソンに求められる真のスキルです。
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アダプティブ・リーダーシップは、特別な才能やカリスマ性ではなく、日々の丁寧な観察と対話によって磨かれる「開かれた技術」です。新規事業という不確実な道のりに挑むBizDevパーソンが、明日から取り組むべき行動指針をまとめます。
まず、今日起きている課題が、仕組みで解決できる「技術的課題」なのか、対話が必要な「適応を要する課題」なのかを静かに整理してみてください。その後、少し視野を広げて「バルコニー」に上がり、周囲のメンバーがどのような思いや不安を抱えているのかを俯瞰して観察します。最後に、チームや組織の緊張感の度合いを感じ取り、必要に応じて安心感をプラスしたり、次のステップへの意識を促したりしてください。
過去の成功法則にとらわれず、あなた自身と組織がしなやかに変化に「適応」していくこと。その温和で芯のあるリーダーシップこそが、新しい事業を心地よく軌道に乗せる最大の原動力となります。
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