


ノーススターメトリック(North Star Metric/NSM)の事例を調べると、有名企業の指標がいくつも出てきます。ただ、そのほとんどは出典が示されないまま引用され続けているものです。誰がいつ社内で使っていた指標なのかを辿れないまま、事例として流通しています。
そこでこの記事では、別の方法を取ります。企業が投資家向けに公式開示しているKPIを読むという方法です。開示資料に載る指標は定義が厳密に書かれており、なぜその指標を主要指標として置いているのかも説明されています。社内で「これがうちのノーススターだ」と呼んでいるかどうかは別にして、事業の中核価値を1つの数字で表そうとした実例としては、これ以上に確かな材料はありません。
取り上げるのはAirbnbとUberの2社です。いずれも米国証券取引委員会(SEC)への提出書類に基づいています。あわせて、2社の指標設計から導ける条件と、自社でNSMを決めるときの手順、つまずきやすい点まで整理します。
事例に入る前に、フレームワークの出典を押さえておきます。
ノーススターメトリックという概念は、グロースハックの文脈でショーン・エリス氏が広めたものです。同氏はNSMを「プロダクトが顧客に届けている中核的な価値を、最もよく捉える指標」と定義しています。
ここで重要なのは、「自社が儲かる指標」ではなく「顧客が価値を受け取ったことを表す指標」だという点です。この向きを取り違えると、以降の設計がすべてずれます。顧客価値の捉え方については、JTBD(Jobs-to-Be-Done)の記事もあわせてご覧ください。
よくある誤解が、NSMとは指標を1つに絞ることだ、というものです。正確には違います。
分析基盤を提供するAmplitude社は、この考え方をノーススター・フレームワークとして体系化しています(『The North Star Playbook』。プロダクトコーチのジョン・カトラー氏との共著)。同社の整理では、フレームワークは1つのノーススターメトリックと、それを生み出す複数のインプット指標で構成されます。
インプット指標とは、現場が日々の仕事で直接動かせる要素のことです。NSMそのものは大きすぎて直接は動かせません。動かせるのはインプットのほうで、その積み上がりがNSMに現れる。この二層構造がフレームワークの本体です。
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有名企業のNSM事例を鵜呑みにする前に、押さえておきたい点があります。
「あの企業のNSMは◯◯だった」という話は数多く流通していますが、企業自身が公表した一次情報に行き着かないものが少なくありません。孫引きが繰り返されるうちに、細部が変わっていることもあります。事例として引用する際は、出典を確認できるかどうかを一度確かめる価値があります。
一方、上場企業が投資家向けに開示する主要業績指標(Key Business Metrics)は、算定方法・カウントの境界・なぜその指標を使うのかまで明文化されています。虚偽記載が許されない書類なので、精度も担保されています。
NSMという言葉を使っているかどうかにかかわらず、「事業の規模と価値を1つの数字で表すとしたら何か」に企業が出した答えとして読むことができます。以下の2社は、その好例です。
Airbnbが主要業績指標として開示しているのが Nights and Experiences Booked(予約された宿泊数および体験数) です。
同社の提出書類では、この指標を次のように定義しています。当該期間にプラットフォーム上で予約された宿泊の総数と、体験の座席数の合計から、その期間に発生したキャンセルと変更を差し引いたものです。
1泊には複数のゲストが含まれることがあり、寝室が複数ある物件の場合もありますが、いずれも1泊として数えます。体験については参加者1人につき1席を数えます。「何をもって1と数えるか」が明確に定められている点に注目してください。
2月15日の予約は3月末締めの四半期に計上され、その予約が5月15日にキャンセルされた場合は6月末締めの四半期で差し引かれます。予約時点で計上し、キャンセルは発生時点で戻す、という運用です。
同社はこの指標を、プラットフォームの規模を測る主要な指標であり、それが財務業績を牽引するものと位置づけています。そして、投資家が経営陣と同じ見方で業績を理解できるようにするため開示しているとし、その理由として「プラットフォーム上の単一の取引単位を表すものだから」と説明しています。
この「単一の取引単位」という表現が、NSMの本質をよく表しています。売上でも会員数でもなく、顧客が価値を受け取った回数そのものを数えている。宿泊予約サービスにおける価値の受け渡しは「1泊」であり、それ以上でも以下でもない、という割り切りです。
Uberは主要指標として、Trips と MAPCs(Monthly Active Platform Consumers) の2つを開示しています。この2つの使い分けが示唆に富みます。
Tripsは、一定期間に完了した移動(Mobility)と配達(Delivery)の件数と定義されています。同社はこれをプラットフォームの規模と利用状況を測る指標としています。
同社は、判断に迷う場面まで定義に書き込んでいます。相乗りサービス(UberX Share)で3人がそれぞれ支払った場合は3Trips。一方、通常のUberXに3人が同乗した場合は1Tripです。
支払いという行為ではなく、「価値を受け取る単位が何人分か」で数えていることがわかります。ここまで決めておかないと、部署ごとに数え方がずれ、指標が組織で共有できなくなります。
MAPCsは、その月に1回以上、移動を完了したか配達を受け取ったユニークな消費者の数を、四半期内の各月で平均したものと定義されています。1人が複数のサービスを使っても1人としてカウントします。同社はこれを、プラットフォームの普及度と取引頻度を評価するための指標としています。
Tripsは取引の量、MAPCsは使っている人の広がりを表します。この2つを分けて持つことで、「Tripsは伸びたが、それは利用者が増えたからか、1人あたりの利用回数が増えたからか」を切り分けられます。
これはまさに、Amplitudeの整理でいうNSMとインプット指標の関係です。1つの数字だけを見ていると、伸びた理由も止まった理由もわかりません。
以上の2社の指標設計から、実務に持ち帰れる条件を整理します。以下は開示情報をもとにした本記事の解釈です。
「予約された1泊」も「完了した1回の移動」も、顧客が対価に見合うものを実際に得た瞬間を指しています。契約数でも登録数でもありません。申し込んだだけ、登録しただけの数を追いかけると、価値が届いていない状態でも数字が伸びてしまいます。
Uberの相乗りの例が象徴的です。迷う場面をあらかじめ潰しておくことで、誰が数えても同じ数字になります。指標が組織の共通言語として機能するかどうかは、この一手間で決まります。定義が曖昧な指標は、部署ごとに解釈が分かれ、やがて誰も信用しなくなります。
Airbnbは「プラットフォームの規模を測る指標であり、それが財務業績を牽引する」と明記しています。NSMは売上そのものではないが、売上の手前にあって売上を生む——この関係を言葉で説明できることが条件です。説明できない指標は、経営会議で必ず「それで売上はどうなるのか」と問われ、続きません。
仮説を立てて検証する進め方そのものについては、仮説検証力の記事が参考になります。
売上は結果指標であり、現場が明日から直接動かせるものではありません。また、値上げでも一時的な販促でも増えるため、顧客に価値が届いているかどうかを表しません。取引総額を扱う指標との違いは、GMVを解説した記事で整理しています。
社内調整の過程で「あの部署の指標も入れたい」となり、5つも6つも並ぶことがあります。そうなった時点で、優先順位を示すというNSMの機能は失われます。増やすならインプット指標の階層で受け止めます。
走りながら決めればよい、としがちですが、後から定義を変えると過去の数字との比較ができなくなります。Uberが相乗りの数え方まで明文化しているのは、この事態を避けるためです。
利用者数は伸びやすく、報告もしやすい指標です。しかし利用者が増えても1人あたりの利用が減っていれば、事業は伸びません。Uberが取引の数と人の数を分けて開示しているのは、この違いを見るためです。継続利用の設計については、スティッキネスの記事もあわせてご覧ください。
ノーススターメトリックの事例として本記事で取り上げたのは、AirbnbのNights and Experiences BookedとUberのTrips・MAPCsです。いずれもSECへの提出書類で定義まで確認できる指標であり、出典の辿れない通説とは性質が異なります。
2社に共通しているのは、顧客が価値を受け取った瞬間を、一意に定義できる単位で数えていることです。Airbnbは「単一の取引単位」という言葉でそれを説明し、Uberは相乗り時の数え方まで書き込むことで一意性を担保しています。そしてUberは、取引の数と利用者の数を分けて持つことで、変化の理由を切り分けられるようにしています。
自社でNSMを決めるときも、順序は同じです。顧客が価値を受け取る瞬間を特定し、数える単位を決め、財務成果への筋道を書き、インプットに分解する。このうち最も飛ばされやすいのが「数える単位を決める」工程ですが、指標が組織の共通言語になるかどうかは、実はここで決まります。顧客起点で事業を組み立てる考え方については、カスタマーセントリックの記事もあわせてご覧ください。
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