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社会課題を「売れる事業」に変える――脱炭素ビジネスに挑むEarth hacks

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

社会課題を起点に、新しいビジネスを生み出す動きが広がっています。社会的な意義と事業としての成長を両立させようと、さまざまな企業が新規事業に取り組んでいます。

一方で、「解決すべき課題がある」ことと、「顧客がお金を払う事業になる」ことは、必ずしも同じではありません。では、社会課題を継続可能な「売れる事業」へと変えるには、何が必要なのでしょうか。

脱炭素という大きな社会課題に挑むEarth hacks株式会社は、三井物産の社内プロジェクトとして始まり、その後、博報堂との共同プロジェクトへ発展。2023年に両社の合弁会社として設立されました。同社を率いる関根 澄人(せきね すみひと)さんは、博報堂でブランディングやマーケティングに携わり、三井物産への出向も経験してきました。

社会課題を、社会的意義だけで終わらせず、顧客に選ばれるビジネスへと変えていく。ソーシャルビジネス領域の事業開発には何が求められるのでしょうか。関根さんに伺いました。

目次

17歳で決めた、「人生をフルベット」するテーマ

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

関根さんが社会課題に関心を持った原点は、17歳の頃にさかのぼります。

生物多様性や絶滅動物に関心を持ち、高校時代にはオーストラリアへ短期留学。そのときの体験から、「絶滅動物を救うこと」を人生をかけて取り組みたいテーマとして考えるようになりました。

17歳のときにオーストラリアへ短期留学して、ワイヤラという小さな造船の町に滞在していました。夜になると野生のカンガルーがたくさん出てきて、車に乗っていても、人とカンガルーがお互いに道を譲り合うような環境だったんです。

動物園のように人間が動物を管理するわけでも、ペットとして飼育するわけでもない。人間と野生動物が同じ場所で、対等な存在として暮らしている。その光景を見て、「これが本来あるべき世界なんじゃないか」と感じました。それで、絶滅動物を救うことに人生をフルベットしたいと思ったんです。そこから、絶滅動物を救うためにはどんな大学に行って、どんな仕事に就けばいいのかを考えるようになりました。

最初は獣医になることも考えましたが、もっと広く生命について知りたいと思い、東京工業大学の生命理工学部に進学して、細胞学を研究しました。ただ、研究をしているだけでは絶滅する動物は減らないとも感じるようになりました。

社会を変えるためには、人の行動を変えることが重要なんじゃないか。そう考えて、人の行動や感性を刺激する仕事に興味を持ち、2009年に博報堂へ入社しました。

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博報堂から三井物産へ、異例の出向

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

2009年に博報堂へ入社した関根さんは、さまざまな企業のブランディングやマーケティングを担当します。その後、博報堂従業員組合の中央執行委員長を務めたことが、思わぬキャリアの転機となりました。社員の声を聞くなかで感じたのは、社内だけでは将来のロールモデルを描きにくくなっているという課題でした。

組合の委員長として社員の声を聞いていると、「この先、自分がどういうキャリアを歩んでいけばいいのかわからない」という不安を持っている人が増えていると感じました。

それなら、もっと社員が会社の外に出て、さまざまな経験を積めるようにしたほうがいいんじゃないかと会社に提案しました。その後、僕自身も社外で経験を積む機会を得て、2020年から三井物産へ出向することになりました。広告会社から商社への出向は、当時としてもかなり珍しいケースだったと思います。

三井物産で配属されたのは、脱炭素領域の新規事業開発を担う部署でした。もともと生物多様性に関心を持っていた関根さんにとって、脱炭素もまた以前から関心のある社会課題のひとつ。そこで世界の脱炭素ビジネスに触れるなかで、ある共通した課題が見えてきたといいます。

業界の人たちと話していると、「国や企業の次は、生活者が動かなければいけない」という話が必ず出てきました。一方で、生活者の行動変容をうまく生み出せている企業は、世界を見てもほとんどありませんでした。

企業が社会課題の重要性を伝えて、「環境のためにこうしてください」と言うだけでは、人はなかなか動きません。そこで、博報堂で培ってきた生活者へのアプローチと、三井物産が持つ事業やネットワークを組み合わせれば、脱炭素領域で生活者の行動変容を生み出せるんじゃないかと考えるようになりました。

生活者の行動変容を起こすべく生まれたEarth hacks

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

三井物産で脱炭素領域の新規事業開発に携わるなかで、関根さんが着目したのが「生活者の行動変容」でした。国や企業による脱炭素の取り組みが進む一方、その先にいる生活者をどう動かすか。業界関係者の多くがその重要性を認識しながらも、世界的に見ても有効なアプローチはまだ確立されていなかったといいます。 

脱炭素の業界にいると、「国や企業の次は生活者だ」という話を、いろいろなところで聞きました。でも、企業が社会課題への取り組みを生活者に伝えて、実際の行動変容まで起こすのはすごく難しい。世界を見ても、うまくできている会社はほとんどありませんでした。

そこで着目したのが、日本の広告会社と総合商社が持つ特徴です。海外では広告会社は「一業種一社」が一般的ですが、日本では同じ業種の複数企業と仕事ができる。海外の人と話すなかで、これは実はすごく大きな強みなんじゃないかと気づきました。

総合商社も、日本特有のビジネスモデルです。さまざまな業界にネットワークを持っている。

つまり、広告会社は企業の垣根を越えて生活者に働きかけることができ、総合商社は業界の垣根を越えて企業を巻き込むことができる。この2つを掛け合わせれば、特定の企業や商品だけではなく、社会全体に新しい価値観を広げていけるんじゃないか。脱炭素というテーマでも、生活者の行動変容を起こせる可能性があると考えました。  

そのアイデアをもとに、関根さんが起案者となり、まずは三井物産の社内プロジェクトとして3人でスタート。その後、博報堂との共同プロジェクトへと発展し、2023年5月、博報堂と三井物産が50%ずつ出資する合弁会社としてEarth hacksが設立されました。

脱炭素を、生活者が「選びたくなる価値」に

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

Earth hacksが目指す生活者の行動変容。そのために重視しているのが、脱炭素を「環境のためにやるべきこと」として訴えるのではなく、生活者が自然と選びたくなる価値に変えることです。そこでEarth hacksが打ち出したのが、脱炭素を生活者にとって身近な価値として捉える「デカボ」という考え方でした。

社会課題って、「こうするべき」というアプローチをすると、どうしても面白みのない話になってしまうんです。それでは人はなかなか動きません。僕たちが大事にしているのは、むしろ人の感情や欲望を入口にすることです。

たとえば、皆さんが普段何気なく選んでいる商品や行動の中にも、実は環境にいいものがたくさんあります。それを「環境のために我慢して選んでください」ではなく、「自分が欲しいから選んだら、実は環境にもよかった」という状態にしたい。そうした考え方を「デカボ」と呼んでいます。

その「デカボ」を生活者にわかりやすく伝える仕組みのひとつが「デカボスコア」です。商品やサービスを従来のものと比べて、CO2排出量をどれだけ削減できるのかを「○%off」という形で可視化しています。

広告でも「20%off」「30%off」という表現は、人が商品を選ぶ大きな理由になりますよね。それと同じように、環境への貢献も「何%off」と表現することで、生活者の選択につなげられるんじゃないかと考えました。専門的な数字を正確に出すだけではなく、それをどう人の心が動くコミュニケーションに変えるかが重要だと思っています。

現在では、デカボスコアの提供に加え、さまざまな企業や自治体と連携した取り組みを展開しています。そのひとつが、企業・自治体とZ世代がチームを組み、脱炭素につながる新しい商品やサービスを考え、社会実装を目指す「デカボチャレンジ」です。

また、企業がすでに取り組んでいる環境配慮の活動に「デカボ」という切り口を加え、生活者に伝わる形へと変えていく支援も行っています。脱炭素そのものを売るのではなく、企業の商品やサービスが持つ魅力に、新たな「選ぶ理由」を加えていく。こうした考え方が、Earth hacksの事業の根底にあります。

社会課題そのものを、ビジネスの入口にしない

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

社会課題をテーマにした事業には、特有の難しさがあります。社会的な意義に多くの人が賛同したとしても、それだけでクライアントの商品やサービスが生活者に選ばれるわけではありません。同時に、社会課題を掲げるだけで、Earth hacksのサービスを企業に導入してもらえるわけでもありません。

クライアントの商品やサービスを選ばれるものにしながら、Earth hacks自身も対価を得られる事業にする。 その両方を成立させるために、関根さんは「社会課題そのものをビジネスの入口にしない」ことが重要だと話します。

社会課題そのものを、ビジネスの入口にするのは難しいと思っています。社会課題を正面から打ち出しすぎると、どうしても「意識の高い人のためのもの」になりやすい。社会課題に対する価値観は人それぞれなので、それだけで多くの人を動かすのは難しい。

たとえばヘラルボニーもそうだと思います。まずアートやプロダクトそのものに魅力があって、「欲しい」と思ってもらえる。その背景に社会課題への取り組みがあることで、さらに価値が高まっていく。

脱炭素も同じです。まず企業や生活者が求めている価値があって、そこに社会課題という価値を掛け合わせていく。社会課題そのものを売ろうとするのではなく、もともとある魅力をさらに高めるものとして社会課題を位置づける。その順番が重要だと思っています。

実際、Earth hacksでも、脱炭素とは異なる企業の目的を起点にした取り組みが生まれています。たとえば現在、小売企業約20社と連携した売り場づくりを進めています。そこに商品を置きたいメーカーがデカボスコアを導入するなど、脱炭素そのものとは別のニーズを入口にした事業が生まれています。

メーカーからすれば、最初の目的は「デカボスコアを導入したい」ではなく、「売上アップが期待される売り場に商品を置きたい」ですよね。そのためにデカボスコアを取得するという構図が生まれます。

採用でも同じです。企業にとっては「優秀な学生と出会いたい」という目的がある。そこにデカボという要素を掛け合わせることで、新しい価値をつくることができます。社会課題を入口にするのではなく、もともとあるニーズや欲望にどう掛け合わせるかが大事なんです。

こうした社会課題を事業化するうえでは、その領域の専門知識だけでなく、人の心を動かす力も重要になります。関根さんは、脱炭素に関する知見と、それを生活者に伝わる価値へ変換する力の両方を持った人材は、まだ希少だと指摘します。

脱炭素の事業だからといって、脱炭素そのものの知識だけが重要なわけではありません。それと同じくらい、むしろそれ以上に、「どうすれば人の心が動くのか」を考えられることが大事です。この両方に関心やスキルを持っている人は、まだすごく少ないと思います。

たとえばカロリーや成分表示も、正確性だけを追求するのではなく、一定のルールを決めて生活者に伝わる形にしています。

社会課題も同じで、専門的な知見を持ちながら、それをどう人に伝え、コミュニケーション戦略に落とし込むのか。そこまで考えられることが、これからの事業開発には必要だと思っています。

社会課題を正面から売るのではなく、企業や生活者がもともと持っているニーズや欲望と掛け合わせ、新たな価値へと変えていく。Earth hacksの取り組みから見えてきたのは、社会課題型の事業開発にも、マーケティングやコミュニケーションの視点が欠かせないということでした。 

取材対象者プロフィール

関根澄人さん(Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO)

関根 澄人(せきね すみひと)
Earth hacks株式会社 代表取締役社長 CEO

2009年に株式会社博報堂へ入社。さまざまな企業のブランディングやマーケティング業務に携わり、博報堂従業員組合中央執行委員長を経て、2020年より三井物産株式会社へ3年間出向。2023年にEarth hacks株式会社を設立し、同年5月より現職。「生活者一人ひとりの欲望を入口に笑顔溢れる脱炭素社会を実現」を掲げ、生活者と脱炭素をテーマにした事業開発を推進している。国内外で多数の講演を行うほか、J-WAVE「offの日、どっちっち」ではMCを務め、無理なく楽しめる脱炭素情報を発信している。

取材・執筆:武田 直人 / 撮影:山中 基嘉

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