


「中年の危機(ミッドライフ・クライシス)」ということばを耳にしたことはあるでしょうか。 40代・50代という、人生の折り返し地点ともいえる時期に、生き方や働き方、そして自分自身のアイデンティティに不安を感じる心理状態のことを、そう呼びます。
多くのビジネスパーソンが直面するといわれるこの「中年の危機」に、私たちはどう向き合い、どう乗り越えていくべきなのでしょうか。今回の『月刊タレンタル』では、そんなテーマに注目してみたいと思います。
お話を伺ったのは、NTTデータ、ベイン・アンド・カンパニー、マイクロソフトといった大手企業でのキャリアを経て、“ビジネス版LINE”とも呼ばれる法人向けツール「LINE WORKS」の立ち上げに参画し、導入社数20万社、国内シェア4年連続No.1という成長を牽引した萩原 雅裕(はぎわら まさひろ)さん。
40代半ば、仕事で高いパフォーマンスを発揮していたまさにその最中に、「中年の危機」を迎えたという萩原さん。そのとき何を感じ、どう向き合い、そしてどのような選択を経て独立に至ったのか——じっくりお話を伺いました。

新卒でNTTデータに入社した萩原さん。はじめの数年はSEとして従事したのち、ニューヨークの海外拠点に赴任し、経理業務を担当。帰国後は、会計システム関連のコンサルティング業務に携わりました。その後、社費留学制度を活用して再び渡米し、MBAを取得します。
およそ8年にわたるNTTデータでの経験を経て、戦略コンサルティングファームであるベイン・アンド・カンパニーへ転職。さらにその3年後には、日本マイクロソフトにキャリアを移されました。
MBAは取得したものの、当時の自分のキャリアでは、頭では理解していても、どこか身についていないような感覚がありました。このままでは、せっかく学んだことをすべて忘れてしまうのではないか——そんな危機感が募り、転職を決意したんです。
ベイン・アンド・カンパニーを経て入社したマイクロソフトでは、約300名規模の法人営業組織において、営業企画や営業推進を担当。部門の予算策定や個人目標の設定、パイプライン管理など、組織運営に関わる幅広い業務を、部門トップのすぐ近くで担っていました。
その後、アメリカのマイクロソフト本社に異動し、約2年間にわたり現地での業務に従事。帰国後は、SMB(中堅・中小企業)向けのマーケティング業務などを担当しました。

2015年、40代に差しかかった萩原さんは、これまでの大企業でのキャリアから一転、スタートアップへの転職を決意します。新たな活躍の場として選んだのは、韓国ネイバー社の子会社として設立されたワークスモバイルジャパン株式会社(現:LINE WORKS株式会社)でした。
当時、手がけていたのは、法人向けビジネスチャットサービス「WORKS MOBILE」。
現在では「LINE WORKS」という名称で広く知られ、導入社数52万社、有料ビジネスチャットとして国内シェアNo.1(富士キメラ総研「ソフトウェアビジネス新市場 2025年版」)を誇るサービスです。
しかし、萩原さんが参画した当初は、まだプロダクトが誕生する前の段階でした。
私がワークスモバイルジャパンに入社したときは、プロダクトもまだ開発途中。これから営業やマーケティングの戦略を固めていこう、というフェーズでした。サービス開発は韓国のワークスモバイル本社が担っており、私の主なミッションは、日本市場でのマーケット開拓。プロダクトマーケティングとプリセールスが中心業務でした。
プロダクトの原型こそありましたが、実態としては“まだ何もない”と言える状態。誰に対してどんな価値を訴求するのか、それをどのようなコピーやクリエイティブで伝えていくのか——すべてをゼロから作り上げていく必要がありました。
外に目を向ければ、当時のグループウェア市場には、私がかつて在籍していたマイクロソフトやGoogleといった巨大プレイヤーが立ちはだかり、サイボウズという国産の雄もいました。チャット領域においても、ChatworkやSlackといった競合が存在しており、まさにレッドオーシャン。普通に考えれば勝ち目はない。そんな環境の中で、どう差別化していくかを徹底的に考える必要がありました。
ただ、日本市場全体を見てみるとホワイトスペースがあることもわかっていました。とくにSMB(中堅・中小企業)領域では、2015年当時でもグループウェアの利用率は決して高くなかった。また、スマートフォンの普及に伴い、個人利用だけでなく、法人での利用が現実的になってきたタイミングでした。さらに、飲食店や小売業、建設業などの非デスクワーカーが多い業種では、社員全員がPCを保有しているケースはまれで、個人のメールアドレスがないのが一般的でした。ですからPCやメールアドレスがある前提で設計された既存ツールでは満たされないニーズがありました。
一方で、当社にはLINEのような使いやすさ、スマートフォンに最適化されたコミュニケーションUIという強みがありました。LINEとはまったく別のアプリケーションですが、ネイバー社の技術基盤やUIのノウハウは、共通資産として活用できたのです。
この「スマホでも使いやすい、法人向けのLINE」というポジショニングに勝機があると考え、非デスクワーカーをターゲットとしたマーケティングを展開していった結果、大きな成長につなげることができました。
その結果、私が在籍していた期間に、導入社数は20万社、売上は78億円規模にまで拡大しました。

「LINE WORKS」が順調に成長を遂げ、国内の組織規模も100名を超えるまでに拡大。萩原さん自身も執行役員として経営に関与していましたが、2021年3月、同社を退職します。
20代の頃、「プロ経営者」という存在をメディアで知り、自分もいつかそうなりたいと夢を描いていました。ワークスモバイルでは、執行役員として経営陣の一員になることができ、ひとつの夢は実現できたわけですが……いざその立場になってみると、楽しいこともたくさんある一方で、ずっと違和感がありました。
結果も出ていたし、素晴らしいメンバーにも恵まれていた。それでも、どこかモヤモヤした気持ちが残り続けていたんです。もともと私はハードワークが好きなタイプで、忙しさがストレスになることはありません。でも、“忙しさ”とは別のところで、じわじわとストレスを感じているような気がしていました。

自分がどんなことにストレスを感じ、どんなときに楽しいと感じるのか——。そうした“自己認識”を深めるために、萩原さんが取り入れたのが「ジャーナリング」でした。
ジャーナリングとは、“書く瞑想”とも呼ばれ、文章の体裁にとらわれず、自分の感情や思考をありのままに書き出していく手法です。日記のようでもありますが、目的は「記録」ではなく、「内面を見つめること」にあります。
当時読んだ記事をきっかけにジャーナリングをはじめたのですが、1カ月ほど続けると、自分の中のモヤモヤがかなり整理されてきました。
私の場合、オープンでフラットなコミュニケーションができる環境を求める傾向があることに気づきました。ある程度の規模を超えた組織では、どうしても事前の根回しや調整が必要になる場面が多く、そうした環境下ではストレスを感じやすいんだと認識できました。
また、仕事内容についても明確になってきました。私はマーケティング、営業、カスタマーサクセスなど、特定の領域に特化しているわけではありません。むしろ、全体を俯瞰しながら、足りない部分を補ったり、「顧客とは誰か」「顧客が価値を感じているのはどこか」といった、事業の核となる部分を見極め、それを磨き上げ、事業成長につなげることにやりがいを感じることがわかってきました。
こうして、仕事や働く環境において「自分にフィットする要素」を言語化することができました。
もともと独立を強く意識していたわけではありませんが、言語化した理想の働き方を実現しようと考えたときに、「独立」という選択肢が自然と浮かび上がってきた——そんな感覚でした。

2021年に独立してから約4年。萩原さんは現在、Prodotto合同会社の代表として、さまざまな企業の新規事業開発や事業推進を支援する伴走型のコンサルティングに取り組んでいます。
自らの存在意義やパフォーマンスを最大限に発揮できる環境を言語化し、それを実現するために独立を選んだ萩原さん。そんな彼に、「中年の危機」に悩む40代・50代のビジネスパーソンに向けて、アドバイスを伺いました。
責任感が強く、役割をまっとうしようとする人ほど、本当の自分が何を思い、どう感じているのかを見失いがちです。「仕事に感情を持ち込んではいけない」「立場や役職にふさわしいふるまいをしなければならない」——そんな責任感が、自分の感情に蓋をしてしまい、結果的にストレスを増幅させてしまうこともあると思うんです。
私自身も、自分が力を発揮できる「場」を変えることで、「中年の危機」を乗り越えることができました。経験を通じて強く感じているのは、ミドル世代にとっては、「どんな場に身を置くか」が高いパフォーマンスを出すうえで非常に重要だということ。
このことを認識してから、心がぐっと軽くなった気がします。
40代・50代は、仕事だけでなく、家庭や健康など、生活全体にさまざまな変化が訪れるタイミングでもあります。手段はジャーナリングに限らなくてもいいですが、あらためて「自分はどんな環境で力を発揮できるのか」を棚卸ししてみると、自分なりの突破口が見えてくるかもしれません。自分にフィットする「場」を見つめ直すことが、キャリアの折り返し地点をしなやかに乗り越えるための大きな手がかりになるはずです。

萩原 雅裕(はぎわら まさひろ)
Prodotto合同会社 代表
1996年、慶應義塾大学を卒業後、NTTデータに新卒入社。以降、戦略コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニー、日本マイクロソフト、Microsoft Corporationを経て、創業メンバーとしてワークスモバイルジャパン株式会社に参画。法人向けコミュニケーションツール「LINE WORKS」の立ち上げに携わる。プロダクトの責任者にとどまらず、マーケティング、カスタマーサクセス、経営戦略など多岐にわたる分野を統括し、同サービスを4年連続で市場シェアNo.1に導く。2021年当時には、導入社数20万社超、売上78億円規模にまで成長させた。
その後、25年にわたる会社員生活に区切りをつけて独立。現在はProdotto合同会社の代表を務めるとともに、早稲田大学の社会人向け教育プログラム『B2Bマーケティング総合講座』にてPBLアドバイザーを担当している。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。
取材・執筆:武田 直人 / 撮影:山中 基嘉
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