


生成AIをめぐる議論は、「仕事を奪われるのではないか」という不安に傾きがちです。しかし2025年、その空気を反転させる概念が広がりました。スーパーエージェンシー(Superagency)です。AIは人間の主体性(エージェンシー)を奪うのではなく、むしろ拡張する。しかもそれを、一部の天才ではなく何百万人もが同時に手にする。本記事では、この言葉の出自と定義、McKinseyが示す職場での現在地、そしてBizDev・新規事業の現場でどう活かすかを整理します。
スーパーエージェンシーとは、テクノロジー(特にAI)によって新たな「超能力」を得た個人の主体性が高まり、それを何百万人もが同時に手にすることで、社会全体の可能性が跳ね上がる状態を指す概念です。ここでの「エージェンシー(agency)」とは、自分の意思で選び、行動し、結果を生み出す力、すなわち主体性・行為主体性を意味します。
この言葉は、LinkedIn共同創業者のリード・ホフマン氏とグレッグ・ベアト氏による著書『Superagency: What Could Possibly Go Right with Our AI Future』(2025年1月)で提示されました。ホフマン氏は、超能力を「何百万人もが同時に手にすること」こそが本質だと述べています。ひとりの能力が上がるだけでなく、社会全体に力が再配分される点に眼目があります。
ほぼ同時期に、コンサルティングファームのMcKinseyがレポート『Superagency in the Workplace(職場におけるスーパーエージェンシー)』を公表し、この概念を組織・仕事の文脈へと展開しました。個人の視座(ホフマン)と組織の視座(McKinsey)、この二層で捉えると輪郭がはっきりします。
これまでAIと雇用の議論は、「自動化=人の仕事の喪失」という悲観論が主流でした。スーパーエージェンシーは、その対抗軸として立てられた楽観的、しかし現実的な視座です。
鍵は、生成AIがこれまで専門家しか持てなかった能力を一般の個人に開放したことにあります。文章作成、データ分析、コーディング、デザイン。かつては分業と専門性の壁の向こうにあった力が、いま一人の手元に集まりつつあります。結果として、個人一人あたりの「できることの範囲」が急速に広がっています。技術が主体性を奪うのではなく増幅する、という捉え直しが、この概念の中心にあります。
McKinseyの調査は、理想論では終わらせない具体的な数字を突きつけます。最も示唆的なのが、従業員と経営層の認識ギャップです。
日常業務の30%以上で生成AIを使っている従業員は、実際には13%にのぼります。ところが経営層はそれを4%程度と見積もっていました。従業員は、リーダーが思っているよりもずっと速くAIを使い始めているのです。「1年以内に業務の3割超でAIを使う」と考える従業員が34%いる一方、同じ見通しを持つ経営層は16%にとどまりました。
さらに、今後3年でAI投資を増やす企業は92%に達するのに、「AI活用が成熟段階に到達した」と答えた企業はわずか1%でした。牽引しているのはミレニアル世代(35〜44歳)です。ここから見えるのは、ボトルネックは技術でも従業員でもなく、リーダーの過小評価と組織設計にあるという事実です。
第一に、個人の能力拡張です。一人の担当者が、企画・調査・分析・試作・発信までを一気通貫でこなせるようになります。かつて「AI時代のタイニーチーム戦略」で論じた「少人数でも大きな成果を出す」働き方が、現実の前提になりつつあります。
第二に、組織のスピードと意思決定の変化です。現場が先に動く前提に立つと、承認や合意形成の遅さがそのままボトルネックになります。権限委譲とガバナンスをどう再設計するかが、経営の中心課題に移ります。
第三に、キャリアの再定義です。問われるのは「何ができるか」よりも「AIと組んで何を成すか」。会社に雇われる形にとらわれず、個人が事業をつくる「ソロプレナー」という働き方や、正社員採用だけに頼らず労働力を設計する「WDO(Workforce Design Outsourcing)」のような発想が、この延長線上に広がります。
スーパーエージェンシーは、事業開発の現場ともっとも相性のよい概念です。市場調査、仮説検証、競合分析、提案書づくり。これらをAIで大幅に圧縮し、人は意思決定と関係構築という「人にしかできない部分」に集中する。BizDevの生産性は、まさにこの分業の組み替えで跳ね上がります。
そして重要なのは、スーパーエージェンシーが「タイニーチーム」「ソロプレナー」「WDO」といった潮流の前提条件になっている点です。個人の出力が上がるからこそ、小さなチームが成立し、雇用形態に縛られない機動的な人材の組み合わせが機能します。正社員の一括採用に頼らず、AIで武装したプロ人材を必要な形で束ねていく。talentalが向き合ってきた「労働力の設計」というテーマと、この概念は地続きです。
一方で、スーパーエージェンシーを楽観論のまま放置すると、成果は絵に描いた餅で終わります。
まず、リーダーの過小評価を埋めること。現場のAI活用実態を可視化し、経営の認識を現実に合わせて更新する必要があります。次に、ガバナンスとリスク。情報漏洩、誤情報、そしてAIが生む「それっぽいだけの成果物」、すなわち「ワークスロップ(workslop)」への依存は、拡張された主体性の裏側にあるコストです。最後に、スキルの再設計。プロンプトの巧拙よりも、筋のよい問いを立てる力と、AIの出力を検証し見抜く判断力が問われます。
スーパーエージェンシーは、AIを脅威ではなく「主体性の増幅装置」として捉え直す視座です。個人の力が底上げされ、それが同時多発的に社会へ広がる。勝負を分けるのは、技術導入の速さそのものではなく、現場の主体性を信じ、組織を設計し直せるかどうかです。そして個人にとっては、「AIと組んで自分は何を成すのか」を問い直す好機でもあります。ヨソモノとして変革を起こす人にこそ、この超能力は大きく効いてくるはずです。
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