


子会社の代表という役割には、自己資本による起業とはひと味違った難しさとやりがいがあります。
親会社が持つ顧客基盤や知名度といったアセットを活用できるメリットがある一方で、人事・労務をはじめとするコンプライアンス、意思決定を含むガバナンスの観点では、求められる水準も高く、会社員とも個人事業主とも、あるいは創業社長とも異なる、独特の難しさを伴う役割だといえるでしょう。
今回の『月刊タレンタル』では、サイバーエージェントをはじめとする3社で子会社代表を務めた経験を持つ、長浜 怜(ながはま れい)さんにインタビューを実施。これまでのキャリアを紐解きながら、複数企業の資本のもとで代表という立場を担い、事業成長を実現する上での葛藤や難しさ、そしてそこから得た学びについてお話を伺いました。

2004年、大学を卒業した長浜さんが選んだ就職先は、インターネット広告の雄ともいえるサイバーエージェント。配属されたのは、当時の同社における収益の柱であるインターネット広告事業本部でした。アカウントプランナー(法人営業)としてキャリアをスタートした長浜さんは、持ち前の明るさとコミュニケーション力を武器に実績を重ね、リーダー、マネージャー、局長、そして20代で営業統括へとステップアップしていきます。
入社9年目となる2013年11月には、サイバーエージェントの新規事業提案制度として知られる「あした会議」を通じて、スマートデバイス広告の企画・開発・販売を行うApp2go(アップトゥーゴー)を設立。ここで、はじめて「子会社代表」という経営者の立場を経験することになります。
経営者という道を、いつ頃から意識していたのか――そんな問いを投げかけてみました。
祖父が創業した自動車関連の会社のひとり息子だったこともあり、小学生くらいの頃から「将来は経営者になるんだ」と漠然と思っていました。経営者を目指したというよりも、経営者になるのが当たり前の環境で育ったというほうが正しいかもしれません。
サイバーエージェントの面接のときにも、「将来は起業したい」と伝えていました。
サイバーエージェントは、若いうちから子会社代表など経営に近いポジションを任されることが多く、卒業後に独立・起業するメンバーもたくさんいます。
私自身も、退職して自己資本で起業するという選択肢はありましたが、App2goで描いていたビジョンを最短距離で実現するには、サイバーエージェントのアセットを使わない手はないと判断しました。
そのため、独立ではなく「子会社代表」という選択を取ったんです。あくまでも、事業の成長を最優先に考えての決断でした。

上場企業であるサイバーエージェントの子会社代表に就任した長浜さん。経営者としての経験ははじめてでしたが、それ以前にも統括という事業責任者の立場で、100名超のメンバーを率いた実績があります。
それと比べて、子会社代表ならではの難しさとは、どのようなものだったのでしょうか。
局長や統括といったポジションでは、責任範囲は基本的にP/L(損益計算書)まででしたが、子会社代表になるとB/S(貸借対照表)やC/F(キャッシュフロー計算書)なども含めて、経営指標全体を意識する必要があります。また、労務や法務といったバックオフィス領域も見ていかなければならず、業績だけでなく、コンプライアンスやガバナンスといったより経営的な視点が求められるようになります。
加えて、本体であるサイバーエージェントの統括ポジションでは、すでに商品やサービスが揃っている状態から、それらをいかに伸ばしていくかが主なミッションでした。一方で、子会社ではサービス自体をゼロから立ち上げていく必要があります。
App2goの場合、自社で開発した広告プロダクトを、本体の営業チームや他の広告代理店に販売してもらう必要がありました。そのため、関係部署や関係会社への営業活動が非常に重要になります。同じグループ資本の会社ではあっても、同じ会社ではありません。販売する価値やインセンティブがなければ、グループ会社だからといって特別に優遇してもらえるわけではない。
サービスを磨いてお客様に届ける以前に、こうした社内外の壁を乗り越える必要があるという点は、自分にとっても非常にチャレンジングな経験でした。
なかでも、もっとも苦労したのは「文化醸成」ですね。
サイバーエージェントグループとしてのビジョンや価値観を大切にしながらも、創業間もないApp2goとしての独自のカルチャーをつくっていく必要がありました。私自身、営業組織のマネジメント経験は長くありましたが、エンジニアや管理部門のマネジメントははじめて。異なる職種や専門性を持つメンバーをひとつのビジョンに導くために、評価制度の構築や文化づくりにはとても苦労しました。
とはいえ幸いなことに、サイバーエージェントにはApp2go以前から多くの子会社が存在していて、同世代の経営者もたくさんいました。そうした仲間たちに自分から積極的に悩みを打ち明け、アドバイスをもらうことで、ひとつひとつ乗り越えることができたと思います。

その後、藤田社長の肝入りプロジェクトともいえる「ABEMA」の立ち上げに携わった長浜さんは、同事業を一区切りとし、サイバーエージェントを退職。
2018年12月には外部資本を活用してYES株式会社を設立します。営業代行事業を祖業としながらも、その後ピボットを経て、現在はECモールの運用代行やコンサルティング事業を展開。ビューティ・ヘルスケア領域を中心に、Amazonや楽天市場、Yahoo!ショッピングなどに出店する企業のEC売上拡大を支援しています。
2023年5月からは株式移転により、物流・倉庫運営・人材派遣などを手がけるシンメイグループに参画。YES株式会社の代表を続けながら、グループ内で人材派遣事業を展開するファーストステージの代表、およびシンメイホールディングスの取締役にも就任し、その活躍の幅をさらに広げています。
サイバーエージェントグループに続き、複数社で子会社代表という立場を担ってきた長浜さんだからこそ得られる学びとはどのようなものなのでしょうか。
自己資本で起業した経験がないため、明確な違いを語れるわけではないのですが、複数社で子会社代表を務める中で強く感じたのは、「社長とはあくまで役割のひとつに過ぎない」ということです。
オーナーであるかどうかに関係なく、もっとも大切なのは、事業の成長にコミットし、それを実現していくこと。その責任を果たせるのであれば、私にとってはオーナーかどうかはあまり重要ではありません。
もちろん、子会社代表という立場には、これまでお話ししたような難しさもあります。ただ、それは言い換えれば、「今の会社のフェーズや自分の実力よりも、ひとつ上のステージで経営を経験できるチャンス」でもあると思っています。
経営者を目指してきた自分にとって、そうした環境で仕事ができることは、自分自身の成長をブーストさせてくれる――そんな意識で、日々の業務に取り組んでいます。

資本関係が変われば、当然ながら環境も変わります。そうしたなかでパフォーマンスを発揮し続けるために必要なこととは何か、そしてこれからどのようなキャリアを描いていきたいのか。長浜さんに伺いました。
資本関係が変わり、親会社が変われば、その都度、それに合わせてアジャストしなければならない部分も出てきます。過去に固執するのではなく、取り入れるべきものは柔軟に取り入れつつ、大切にすべき文化はしっかりと守る。そうしたバランス感覚がとても重要だと感じています。
シンメイグループに参画した際も、グループ会社の役員や従業員から見れば、“どんな人物なのか”という、いわばお手並み拝見のような空気がありました。そのなかで、いかに早く、自社や自分の価値を認めてもらえるかが重要だと考えています。自ら変化を起こし、グループ内にもポジティブな影響を与えていく。そうした姿勢が大切だと思います。
現在、シンメイグループは約300名の従業員を擁し、シンメイホールディングスを持ち株会社とし、4つの子会社を抱えています。グループとしては2030年に掲げた業績目標の達成と、EC×物流という領域でワンストップソリューションを提供できるリーディングカンパニーになることを目指しており、それを牽引していくことが、今の私のミッションだと捉えています。

長浜 怜(ながはま れい)
YES株式会社 代表取締役社長
株式会社ファーストステージ 代表取締役
株式会社シンメイホールディングス 取締役
2004年4月、サイバーエージェントに新卒で入社。インターネット広告事業本部のアカウントプランナーとしてキャリアをスタートし、局長、営業統括を歴任。2013年には、サイバーエージェントの100%子会社として設立されたApp2go(アップトゥーゴー)の代表取締役に就任した。その後、ABEMAの立ち上げにも携わり、退職。ECモールの運用代行やコンサルティング事業を手がけるYES株式会社を、外部資本を活用して設立する。2023年からは株式移転を通じてシンメイホールディングスに参画し、現在は同社の取締役も務めている。
取材・執筆:武田 直人 / 撮影:山中 基嘉
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